moi and moi / hatenadiary

日曜日の朝みたいな気分でいたい

「一詩人の最後の歌」

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ハンスクリスチャンアンデルセン (Hans Christian Andersen,1805-1875) は童話作家として多くの人に知られているが
実は故国デンマークでは大詩人として親しまれているそうです
信長貴富混声合唱とピアノのための新しい歌」より)

ーーアンデルセンの童話作品はグリム兄弟のような民俗説話からの影響は少なく、創作童話が多い。

若き日のアンデルセンが死ぬ以外に幸せになる術を持たない貧困層への嘆きと、それに対して無関心を装い続ける社会への嘆きを童話という媒体を通して訴え続けていたことが推察できる。

しかし、この傾向は晩年になってーー、死以外にも幸せになる術があることを作中に書き出していくーー。

自身は常に失恋の連続だった。ーー容姿の醜さ、若い頃より孤独な人生を送ったため人付き合いが下手だったこと、他にもーー変な癖があったことを指摘する人もいる。(Wikipedia*より)

要するに貧困、苦労人、生涯孤独の3コンボで、"我々"に限りなく近い境遇のようにも想像されるが実際には行動をし続け、後世に名を残し、世間から今も愛され続ける偉人である。

私個人のここ最近の行動が、(だいたいは怠惰極まりないのだが、それでも)このような詩と出会えたことは...

というのを今日、いつもの病気が発動したため反省文としてここに記す。

私を高く運んで行け、
お前、強い死よ魂の大きな国へ。

私は神が私に命じた道を進んだ
額をまっすぐにあげて。
私が与えたすべては、神よあなたのもの
どれだけの私の富があるのか、私は知りませんでした。
私が費やしたものはほんのわずかです。
私は枝の小鳥のように歌っただけです。

さようなら、あざやかに赤い一本一本のばらよ
さようなら、お前、愛しいもの!

ただ私を運んで行け、お前、強い死よ
たとえこの世にあるのが楽しいにせよ!

ありがとう神さま、あなたが与えて下さったもののために
ありがとう、これから来るもののために!

死よ、時間の海を越えて飛んで行け
さあ、永遠の夏の方へ。

(歌詞引用だめだったら消します)

ThinkingTime…
  • 強い死=けして避けられない意味合いの死?
  • 魂の大きな国≠死者の国=神の国=肉体的に開放された、魂の開放された?
  • 神が私に命じた道=不本意でも世間の、周囲の期待にこたえ生きたということか、自身の心の声に従ったのか。ジョブズ風にいうとconecting dots*的な?(人生は振り返ってみれば点と点でつながっている≠無駄なことはなくすべて意味のある出来事といったような事)。神とは、キリスト教独自の定義に準じるものなのか
  • 私が費やしたものは(私が知らなかったどれだけある富のうち)ほんのわずか(のもの)=可能性、ポテンシャルが人と比べていっぱいあったよという話『私、本気じゃないんだからね!』
  • この世にあるのが楽しいにせよ=Wikiにある悲劇的な人生模様とはよそに?
  • 永遠の夏の方=死者の国?=どこへ?終わらない夏とは
Answerに近い一考察
まとめメモ

この世で(額をまっすぐにあげて=与えられた試練?困難?から逃げることなく)やりきった(神が私に命じた道を進んだ)、信心深くあった(私が与えたすべては、神よあなたのもの)、しかも驕ることもなく謙虚であった(私は枝の小鳥のように歌っただけです)なら天国(魂の大きな国=アサンション?)に行くのは当前(と思っている)。まだ未練(あざやかに赤い一本一本のばら/お前=愛しいもの/この世にあるのが楽しい)はあるけど死という強い力(お前、強い死よ)に(私が)抗っていたとしても、それでも(ありがとう)時代が移り変わってなお人々の頭上を舞うあの鳥のような存在であれば(時間の海を越えて飛んで行け)私はもう?いずれ役目を果たした人々しか行けない処へ行くから(永遠の夏の方≠神の国へ) 

英訳がほしかった

En Digters sidste Sang  
             from 9 Romanser og sanger

Løft mig kun bort,Du stærke Død,
Til Aandens store Lande!
Jeg gaaer min Vei,som Gud mig bød,
Fremad,med opreist Pande.
Alt hvad jeg gav,Gud,det var dit,
Min Rigdom ei jeg vidste!
Hvad jeg har øvet,er kun lidt,
Jeg sang som Fugl paa Qviste.

Farvel hver Rose frisk og rød,
Farvel,I mine Kjære!

Løft mig kun bort Du sterke Død,
Skjøndt her er godt at være!
Hav Tak,o Gud,for hvad Du gav,
Hav Tak for hvad der kommer!
Flyv Død,hen over Tidens Hav
Bort til en evig Sommer!

一詩人の最後の歌 | 鎌混ブログ から)

 

元ひきこもり(にわか)が過去それに至ったときの様子

ひきこもりはらくじゃない。宿題の終わっていない夏休みの最後の8月31日のような精神状態が続き、ちっぽけな正義感は守りたくて、でも社会に出る・出た過去の記憶の恐怖に怯えて、自分の甘さや人生のターニングポイントで失敗した記憶に囚われ、真剣に向き合おうとしてくれた一番大事な人たちに甘えからと余裕のなさからつまらない本当にささいなことでつっかかり、そのうち家族や人の立てる物音にすらびくびくしている自分にそのたびに生きる価値などないのだと思い知らされる

ハローワークは独特の重く暗い雰囲気をまとう。職員はほぼ非正規ではなかっただろうか、いま振り返ってみれば自らの安泰が保証されていない人間に他人のその人にあった職業的安定を望みサポートできるのだろうか、システム面でも求人に応募したという実績さえあればたとえどんな求人だろうと一定期間だけは補助金が発生する状況で、果たして持続可能な就業への支援となるのだろうか

資格試験のために自宅から新宿の予備校に出かける。そとを歩くときは人とすれ違うときものすごく緊張する、すれ違いざまに"咳をされた"ような被害妄想になるくらい自意識過剰、自分は世間からかけ離れてはいないだろうか、社会的に誰からも存在を認められていないし世の中になにも還元していない、経済的な安定もなくかつてのわずかばかりの貯金は見る影もなくなり、足元がすくむような感覚に支配されていた

これでもたしか半年間のひきこもり実績。20年続いたらどうなるのだろうか想像もできない

会社を辞めたはじめの2週間くらいはどんな有意義なことをやろうかといったやる気に満ち溢れ積極的に活動していた、そして辞めたその日は社会人になってはじめてくらいの清々しい気分があって、ひきこもり期間の中で最高の瞬間だった。

該当の期間が長くなればなるほど苦しくなるのではと思ってしまう

選ばれていない人間は改革者を待ち望むだけ

受け身なだけの私たちは

希望を掴もうともがいて

不感症なフリをする

 

近代、科学技術の進歩に恩恵を受けた資本主義社会は

生活水準を堕とす恐怖に仰がれて大量消費を続け今、

転換期にあたるのではないか

歴史の授業で中世の鬱屈とした様に見えた時代の再来と

肌で感じている私たちは気づいているのかも知れない

野球選手になれないと教えられた時、信じたくない現実に

自分の力ではどうにもならないと思い知らされる

選ばれた人に嫉妬し諦め託すのだ

仮説:運動するとエロくなる

私はふだん、超インドアで一日中へやにこもっている。iPhoneのヘルスケアでは2000歩くらいしか歩いてないんじゃないかな・・・

さすがにそれだとメンタルも「そろそろ運動したほうがいいんじゃない」と警告を発してくるので、めんどくさがりなので究極まで耐えた後に突発で旅行して均衡を保つというギリギリさで生きている。

バランスを保ちながら?人生に計画性はない(というか苦手だ)、自分はアンデルセンの童話のキリギリスのようだ、と思う(べつにそうしたいわけじゃないんだけど。その結果つねに自信のない人間になってしまった。そして自信がないとまったくおもしろみのない人間になる

今月25~27日、屋久島に行ってきた

行程さんというかわいらしいサービスがあったので、個人手配の旅のしおりとして利用した。調整さんにちょっと似てる(リンク)

縄文杉ツアー(山岳太郎リンク)では1年に1、2回あるかないかの大雨に見舞われ、その日梅雨入り)観光よりもとにかく無心になって(抱き合わせのツアーなので)皆で登って下りて、下りてからも延々と続くようなトロッコ道を淡々と・・・

得られたものは?直後には「もう一生行かないだろう」という気持ちで「つらい次の日なんでツアー入れたんだろ、キャンセルしたろ(実際この日は規制で入れなかったようだ)」の精神で、かのジブリ映画もののけ姫のモデルになったといわれる白谷雲水峡のツアーを当日の早朝5時にキャンセルする暴挙に出る始末(結局行った)。

しかし(縄文杉に行って)一日経ったくらいから、あれはガイドさんたちの間でも相当の大雨だった、など先述の情報が伝わってきて(登山中は知らなかった)、お互いあれはすごかったね(50人はリタイアしたらしい)などと会話しているうちに、なぞの「自分はあの過酷な天候のもと登ってやったんだ!」という自信がムクムクと沸き起こってきた。これは久しく味わっていない快感だった(どこがどう自尊心をくすぐったのかわからない。しかもツアーで一番足をひっぱった。なのでペースの遅い自分は常に先頭のガイドさんのすぐ後ろ、一番遅い人が居るポジションだった。それを知らなかった私は「ツアーの登山てパシュートみたい、うしろの人たち楽してんな。マイペースに登れそうにないや」などとまた横柄な気持ちになっていた。はずかしい(ガイドさんがいなかったら絶対のぼれなかったです))

とりあえず山は天候次第。いつか富士山行くぞ

屋久島は、岩と600種類ほどの苔で覆われた山や、武骨な岩と青い海のコントラストが美しい島でした。生えている杉は樹脂が多く一般的な木よりも腐りにくい一年の成長がわずかなため年輪の幅が狭いという特徴を持つ高級な木材で、岩に生えた苔と大量の雨で水耕栽培に近い環境で育っているそう

白谷雲水峡(屋久島ガイドリンク)では、外国人も多く登山よりも観光に徹したところという印象で、前日できなかった、いいかんじの写真をたくさんとれたため私の観光欲もたいへん満足した(半分くらいマニュアルで撮ったら下手くそな写真になってしまったのは残念だが。ガイドさんにPEN(OLYMPUS)いいねって何回か言われた。そうなの?)

期待した体重減少はなかった、むしろ2キロ増に。そしてiPhoneが水没し画面が死んでしまった(またか

事情で直前にいろいろ手配したこともあり予算を超え出費がかさなったが、思い出のために必要なものだった、と思いたい(宿はAirbnbで。今度行くときは最適なコースで屋久島に行けるかも?)

タイトルは正しくは 「仮説:運動すると人は(草食系でも)エロい気持ち・エロい身体になる」かな、要検証です笑

最後に、舐めプだった私に「そんな装備で大丈夫なの?」と何度も警告してくれた妹と、実際に快適なウェア(アンダーアーマー)を貸してくれた弟に感謝の意を表します。あと民宿すぎのこの上口さんにも。奇跡の出会い

鹿児島ごはんおいしい。了

iphone 8 にイヤホンジャックがなくて困った話

きょうiphoneのかわいいカバーがあって、試しにはめようとするもはまらず買うのを断念するとともに、自分の携帯がiphone 8 なことにはじめて気づきました。

調べたらiphone 7 からイヤホンジャックがなくなり、8 でもiPhoneにイヤホンジャック復活ならずでネット民がざわつく事になったわけですが、この問題が自分にも降りかかってくることに。

Bluetoothのイヤホンを購入すればいいかな。と思って電気屋に行ったら、ただ単純に買えばいい感じではなかったので、イヤホンジャック無い問題の対処法をざっくりと3つに分けました。

  1. Bluetoothワイヤレス対応イヤホン
  2. Lightningコネクタ対応イヤホン
  3. レシーバー+これまでの普通のイヤホン

イヤホン・ヘッドホン業界、随一の専門店(と思ってる)「e☆イヤホン」でも書かれている通り、Bluetooth接続・Lightning対応のメリット・デメリットももちろんありそう。とはいえ新技術で業界は景気よさそう感あります。バリエーションも豊富だし、音質も向上しているようです。

あとBluetoothはバージョンやらプロファイルやら何も分からない状態だったのでめんどくさかった。

 

ネットで検索してもあまり見つからなかったけど、実際行って見つけたのがレシーバーを使うという選択肢で、これだと長年愛用のワイヤードヘッドフォン・イヤフォンをiPhoneで使うができます。もともと付属している、Lighitning端子とヘッドフォン端子を変換するアダプターだと、音楽を聴くときは充電ができなかったりするらしいので、売り場で迷いに迷った結果、エレコムのエントリーモデルを購入。

スペックBluetooth version4.1、コーデックSBC、プロファイルA2DPなどと音楽を聴くのに必要最低限なかんじです。最大登録可能台数は8台らしい。

kakaku.com

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有楽町のビックカメラでは上記含め数種類取扱い(レシーバーと検索したら高音質などヒットしました)

 

追記:iphone8だと思っていたiphoneがじつは7Plusだと判明した

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